さいたま市大原サッカー場
アイルコーポレーション(株)増田敏文氏(芝管理マネージャー) 伊達誠一氏
さいたま市にある大原サッカー場は、日本プロサッカーリーグJ1で活躍する「浦和レッドダイヤモンズ(呼称:浦和レッズ)」のトレーニンググラウンド。1993年、Jリーグが開幕されたのに合わせ、新設された。年間およそ300日使用されており、連日、熱心なファンが見学に訪れる。2面で17,000平米あるグラウンドを管理するのが増田敏文氏と伊達誠一氏のふたり。もともと水分が多く、酸性が強い土壌に、さまざまな工夫や試行錯誤を重ね、プロサッカー選手の練習に適したグラウンドを作りあげている。
外国人選手があきれて帰ってしまったグラウンド環境
1993年にJリーグが開幕したことで、日本でもポピュラーなスポーツとして定着してきたサッカーだが、当時はグラウンド管理者の意識も低かった、と増田敏文氏は言う。
「たかだか練習場でしょ?という考え方があったと思います。試合会場ではないのだから、そこまでのクオリティは必要ないという甘い認識、無知からくる勝手な解釈です。練習でケガをしたら試合に出られない場合もありますから、練習グラウンドのコンディションにこそ神経を使わなくてはいけないのに。」
もう一人のキーパー、伊達誠一氏は1996年から断続的に大原サッカー場のグラウンド管理にたずさわってきたが、いまでも鮮明に覚えていることがあると言う。
「2004年当時フォワードで活躍していた外国人選手が、グラウンドを一瞥するなり『ゴール前の芝を全部張り替えろ!』と怒鳴って帰ってしまったんです。その選手がそれまで所属してきた他のクラブチームの練習グラウンドでは考えられないような芝コンディションだったのだと思います。」
「Jリーグが始まった頃は、お手本もない、理想もよくわからない、という状況だったと思います。その中でも、私たちの先輩が海外の事例を参考にしながらコツコツとグラウンドを作り上げてきた。でも、この大原サッカー場に関しては、外国人選手が怒り出すようなレベルの芝だったのです。知識不足もありましたし、勝手な思い込みもあったと思います。これをなんとかしなければ、と奮起し、私たちの挑戦が始まったのです。」
どん底からの挑戦。リーグで一番の練習環境を目指して
増田氏と伊達氏は、まず、大原サッカー場の参考にさせてもらおうと、他クラブの練習グラウンドを見学してまわった。増田氏は言う。
「客観的に自分たちのグランドを知る必要があると思いました。まず、伺ったのが、地理的に近かった『FC東京』さんの練習グラウンドでした。そこをひと目見るなり、愕然とし、驚愕しました。まるで試合会場のようなクオリティだったからです。」
意識を根底から変えなければならない、と感じたという。
「本当に、自分たちは何をやっていたのだろう、キーパーの仕事を全うしていなかった、選手に申し訳ないと思いました。それからは足しげく各地のクラブの練習グラウンドに通い、良いと思われる方法はどんどん真似させてもらいました。どん底のクオリティを改善して、リーグで一番快適な練習環境を作ろう、という意気込みでした。」
十数カ所のトレーニンググラウンドを見て回り、これはと思った管理方法を取り入れていったという。しかし、目指すクオリティはそう簡単にはでき上がらなかった。その原因のひとつが水はけだ。
「もともと沼地だったところを埋め立てているものですから、水はけが悪く、常に水分が多い状態でした。そのため肥料の調整も難しかったですね。」
と伊達氏。まず土壌を改善することからスタートした。
まず土壌を知り、グラウンドに適した工夫を重ねていく
大原サッカー場は、水はけの改善や芝の張り替えなどを目的に、2005年から2006年にかけて、大規模なリニューアルを行う。
「水はけを良くするために暗渠工事を行いました。ただ、70〜80cm掘り進めても水が抜けないので、地下を石灰で安定処理して、その上に40〜50cmの砂の層を作りました。これで水はけの問題は解消されました。」
と増田氏。芝もペレニアルライグラス、ケンタッキーブルーグラス、トールフェスクの寒地型3種混合から暖地型のティフトンをベースにペレニアルライグラスのオーバーシードに変更。以前に比較して、芝の状態は格段によくなっていった。だが、課題は残っていた。
「水はけは良くなったものの、肥料を散布してもすぐに流れてしまうようになりました。パッと効いても、すぐに効果がなくなる。通常の3倍の量の肥料を使ったこともありましたし、あるいは肥料が多く散布されてしまったところのライグラスが強くなり、ティフトンの芽吹きが遅れたこともありました。」
増田氏は、根本的な土壌の改良をする必要があると考え、アドバイスを求めたのが以前からの知り合いだった(株)栗山建設の沼田貴人氏である。
「そもそも、キーパーを目指すきっかけになったのが、1998年フランスW杯の前年に国立競技場で行われた予選試合。当時の国立競技場の芝は青々としていて、本当に綺麗でしたね。それで、キーパーになるために色々と相談にのってもらったのが沼田さんです。」
健全な土壌作りを目指して、沼田氏のアドバイスでバイオ資材を使い始めたが、当初思ったような効果は得られなかったという。増田氏は続ける。
「まずサッチの分解を進めるために【ブンカイザー】をメインに、土壌の改良を進めようとしました。しかし、ここの土壌はpH4と酸性が非常に強く、そのことが資材の効きぐあいに悪影響しているようでした。土壌改良は思ったほど単純ではないことを思い知らされました。」
土壌の微生物が育つ環境を作り、健康な芝のグラウンドを
現在は、徐々に土壌を改良している、と増田氏は言う。
「土壌環境は急激に変えると微生物層が変わるので良くないことを沼田さんに聞きました。今はここの土壌に不足しているカルシウムを少しずつ補っているところで、pHも5.8くらいまできています。バイオ資材は、【バイオHG】【スーパーブンカイザー】【冬の活緑】【インターシードの活緑】【有機酸1番搾り】【アミノ活緑液】などを投入していますが、もう少しpHがあがってきたら、【バイオCAIYA】も使えるかなと思っています。」
効果的な芝作りを行うために、土壌改良に加え、作業計画を見直して、チームのために何をやるべきかを見極めることで、コストダウンや効率化につなげることができる。
「何か悩んだとき、技術的なことは沼田さんにアドバイスいただいて、答えを出す。そして、選手たちともきちんとコミュニケーションして、彼らの要望や、練習のしやすさを考え、要望を芝管理に取り入れる。両方とも欠けてはいけないと思っています。」
と増田氏。選手はどうしても同じ場所で練習しがちで、特定のところだけ芝がはげていくので、できるだけ均一なコンディションを保つために、指示出しもする、と伊達氏は言う。
「練習する場所のローテーションを書いて渡していたのですが、読んでくれないので、今は直接、『今日はこっちを使ってください』と要望を出すようにしています。」
ふたりの努力の甲斐があって、柔らかで快適な芝の練習グラウンドが出来上がり、2014年、2015年にはピッチが原因でのけが人は「ゼロ」という結果を残せた。
「ようやくここまで来た、という感じです。どん底だったけど、続けてきて本当に良かったと思います。芝作りは奥が深いから、これからも色々悩むだろうけど、理想を高く持って、自分なりに挑戦をして答えを見つけていくつもりです。」
と増田氏は言う。伊達氏も続ける。
「今は、本当にここが一番いい、と選手が言ってくれます。試合会場よりも良くなるとまずいから、あまり良くしないで、と冗談まじりに言われたりします。実際、見た目はきれいでも固いと感じる試合会場が結構あるようで、この練習グラウンドに関しては、見た目より柔らかさを重視しようと思っています。」
怪我をしないグラウンド作りのために、トレーナーに意見を聞くこともしばしばだという。現状に満足することなく、チームと一体となった芝作りが今後も続いていく。
代理店:株式会社栗山建設 スポーツターフ事業部
専務 部長 沼田貴人 (1級土木施工管理技士、1級造園施工管理技士)
増田キーパーとは15、6年前からの知り合いですが、がっちり組んで仕事するのはここ5、6年です。非常にクセのある土壌ですが、みるみる質が改善してきているようで、キーパーの腕に感服しています。ただ、まだまだ課題も残っていると思いますので、引き続きアドバイスさせていただければなと思っています。